2012.05.16
執着があると失うものがある
こんにちは、吉川です。
執着があると、それを失うことに対する怖れから、
失わないように状況をコントロールしたくなる気持ちが出てきて、
余計に状況が悪くなることがあります。
恋愛関係だと、相手に執着すればするほど、
自分の魅力が失われていき、相手にとって重荷となっていくことで、
相手が離れていく、ということになることも多いです。
執着があるために失ってしまう、
というケースでは、この執着の部分を手放していく、
ということが、本当に大切になってきます。
執着があると、それを失うことに対する怖れから、
失わないように状況をコントロールしたくなる気持ちが出てきて、
余計に状況が悪くなることがあります。
恋愛関係だと、相手に執着すればするほど、
自分の魅力が失われていき、相手にとって重荷となっていくことで、
相手が離れていく、ということになることも多いです。
執着があるために失ってしまう、
というケースでは、この執着の部分を手放していく、
ということが、本当に大切になってきます。
2012.05.15
恋人という役割
こんにちは、吉川です。
恋愛関係の中で、彼氏であればこうするべき、とか、
彼女であればこうするべき、
という役割が生まれてくることがあります。
そうしてもらえたときに嬉しい、と感じるのではなく、
やってもらって当たり前、という部分です。
自分自身も、相手に対して、愛しているから、というより、
義務感でやってしまっているような部分です。
自分の中に、すでに恋愛をするときのパターンがあって、
その中に、この役割の部分が組み込まれてしまっているケースでは、
付き合ってからわりと早い段階で、
この役割にはまっているような感覚が訪れることもあります。
この部分が大きくなってくると、恋愛関係の中で、
自然に愛し愛されるところから、豊かなものを受け取っていく、
という感じではなくなっていきます。
この感覚が出てきたときに、やることはとてもシンプルです。
それは、役割を手放す、ということです。
恋愛関係の中で、彼氏であればこうするべき、とか、
彼女であればこうするべき、
という役割が生まれてくることがあります。
そうしてもらえたときに嬉しい、と感じるのではなく、
やってもらって当たり前、という部分です。
自分自身も、相手に対して、愛しているから、というより、
義務感でやってしまっているような部分です。
自分の中に、すでに恋愛をするときのパターンがあって、
その中に、この役割の部分が組み込まれてしまっているケースでは、
付き合ってからわりと早い段階で、
この役割にはまっているような感覚が訪れることもあります。
この部分が大きくなってくると、恋愛関係の中で、
自然に愛し愛されるところから、豊かなものを受け取っていく、
という感じではなくなっていきます。
この感覚が出てきたときに、やることはとてもシンプルです。
それは、役割を手放す、ということです。
2012.05.14
傷から生まれる優しさ
こんにちは、吉川です。
自分の中で傷ついている部分は、人の痛みを理解したり
共感したりすることができることから、
優しさが生まれてくる部分でもありますが、
そのためには、傷の部分に対して、
受け入れていく、ということが求められてきます。
その傷を見ないようにしたり、封印したりすることで、
傷に抵抗することはできるかもしれません。
ただ、そうすると、その痛みの部分がなかなか癒されなかったり、
本当は傷を受け入れていくことで、
もっと心をオープンにしていける部分がでてくるのに、
それを制限されてしまう形になってしまいます。
自分の中で傷ついている部分は、人の痛みを理解したり
共感したりすることができることから、
優しさが生まれてくる部分でもありますが、
そのためには、傷の部分に対して、
受け入れていく、ということが求められてきます。
その傷を見ないようにしたり、封印したりすることで、
傷に抵抗することはできるかもしれません。
ただ、そうすると、その痛みの部分がなかなか癒されなかったり、
本当は傷を受け入れていくことで、
もっと心をオープンにしていける部分がでてくるのに、
それを制限されてしまう形になってしまいます。
2012.05.13
失望したときのプロセス
こんにちは、吉川です。
恋愛関係の中で、相手に対して失望する部分が出てくることがあります。
これは、誰しもしたくないもの、かもしれませんが、
そこから自分自身が学べることがあります。
失望の中には、言葉にはしていなかったとしても、
相手に対して期待していた部分や、隠れた依存の部分があった、
ということに気付くことができます。
失望があったときに、鍵になってくるのは、その気付き、の部分です。
恋愛関係の中で、相手に対して失望する部分が出てくることがあります。
これは、誰しもしたくないもの、かもしれませんが、
そこから自分自身が学べることがあります。
失望の中には、言葉にはしていなかったとしても、
相手に対して期待していた部分や、隠れた依存の部分があった、
ということに気付くことができます。
失望があったときに、鍵になってくるのは、その気付き、の部分です。
2012.05.12
批判から生まれる犠牲
こんにちは、吉川です。
誰かを批判することによって成り立っている
正しさのような部分が心の中にあるとき、
やっていることはいくら正しくても、
そこに充実感や達成感というものがあまり出てこない
ということがあります。
自分の中の正しさを証明するために、
自己犠牲をしている感じになっちゃっているケースです。
このとき、周りからその行為をいくら賞賛されても、
全然それを受け取ることができません。
誉めるようなことじゃない、やって当然のことだ、
といった素振りを周囲にしてしまうことで、
周りも、その部分を扱いにくいような雰囲気に
なってしまうこともあるかもしれません。
誰かを批判することによって成り立っている
正しさのような部分が心の中にあるとき、
やっていることはいくら正しくても、
そこに充実感や達成感というものがあまり出てこない
ということがあります。
自分の中の正しさを証明するために、
自己犠牲をしている感じになっちゃっているケースです。
このとき、周りからその行為をいくら賞賛されても、
全然それを受け取ることができません。
誉めるようなことじゃない、やって当然のことだ、
といった素振りを周囲にしてしまうことで、
周りも、その部分を扱いにくいような雰囲気に
なってしまうこともあるかもしれません。



