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屈辱的に感じていること、もしくは、感じたことがあるとしたら、
それは、何かとても辛い体験を通して感じていることだと思います。

身体的な特徴や、社会的な身分、
それとも、何かの否定的な意味を持つレッテル、でしょうか?
特定の誰か、それとも、周り全員から言われた言葉があるのでしょうか?

屈辱感を感じるということ、
それは何か、とても否定的な扱われ方をされた、
そんな体験だと思います。

ただ、屈辱感を感じる、ということは、
人からどういう扱いを受けたにせよ、
同時に、自分自身で、自分に×マークをつけた、ということも意味しています。
だって、そうでなければ、屈辱感を感じないからです。


ただ、屈辱感を感じることの裏側には、
意識的にせよ、無意識にせよ、自分自身の価値を知っている部分があります。

屈辱に感じる、というのは、とても強い感情です。
それに対して、自分自身で価値を知っている部分もあるので、
心の中で、葛藤が生まれるような感じになるかもしれません。
体が震えるような感覚を覚える人もいると思います。

屈辱感が強い分だけ、強い葛藤が生まれます。
それは、自分で自分の価値を知っていて、それが素晴らしい、
という部分がどれだけ強いか、ということの証明になります。

ある意味では、屈辱的に感じているときほど、
自分の価値や自分の才能の部分を認める、
ということが求められてきます。


ただ、屈辱感が強い、ということは、
それだけ、その部分を否定されることを怖れていることになります。

自分の価値を認めたいけれども、
それと同時に、自分自身を否定する言葉も、自分の心の中にあって、
その否定の部分も認めないわけにはいかない・・・、
そんな感じかもしれません。そうすると、ここがとてもデリケートな部分、になってきます。

ここについて、他人から否定的な言われ方をすると、
とっても屈辱的に感じます。
あいつは敵だ、と思う人もいるかもしれません。


ここで大切なのは、屈辱感の中にある、自己否定を手放す、という部分です。

自己否定を、自分の中で何か否定できない重たい事実、
のように扱われることがありますが、それは大きな誤解です。

自己否定、というのは事実ではなく、解釈です。
自分の中で、どう受け止めるか、それは選択することが出来ます。
だって、解釈、ですからね。
自己否定する、ということは、自分で自分を否定する方を選択している、ということです。

重要なのは、自分がどれだけ価値があり、才能が有り、
それを自分自身や、周囲のためにどれだけ生かすか、ということです。
謙虚、というのもいいですが、自己否定、というのはやりすぎです。

少なくとも、強い屈辱感を感じるくらいにまで自己否定をしなくてもいいのですが、
自分の中で、否定する方を選択してしまっている、ということに注目してみてください。


自分の中で、その否定の言葉に執着している部分に気付くことができるでしょうか?

気付いたとしたら、それはとっても大きなチャンスです。
手放して、その自分を否定する言葉に、重要なポジションを与えるのではなく、
心の中の端っこの方・・・・・、
頑張らないと思い出せないような、どうでもいい領域に移動させてみてください。

自己否定の言葉を、必死で否定する必要はないです。
それよりも、その否定の言葉を、大したことない言葉として、軽く扱ってみてください。

その代わり、空席になった重要なポジションに、自分自身の価値を知っている、
本当に大切な言葉を、おいてあげてください。

それが、あなたの本来の場所です。
屈辱感を感じているときほど、そこに帰ってみてください。


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